月よりの使者 月見草
「月見草」という花の名前は、おおかたの人は知っています。
しかし、おおかたの人は、ほんとうの「月見草」を見たことはありません。
おおかたの人が、「月見草」とよんでいるのは、「月見草」の仲間である「待宵草」のことなのです。
太宰治の「富士には月見草がよく似合う」もその一例です。
「月見草」や「待宵草」は、北アメリカあたりが原産の花ですが、明治の少し前に渡来し、観賞草花として栽培されてきましたが、性質の強い「待宵草」は野生化して生き残り、性質の弱い「月見草」は、昭和の初期には、ほとんど姿を消してしまい、学術書などでも、「幻の花といわれています」とか、「現在では、一部の植物園に残っているだけ」とか「植物園や研究者の間で保存されている場合もあるかもしれない」という現状になってしまいました。
最も信用のある「牧野富太郎植物記」(昭和48年刊)や、「原色牧野植物大図鑑」(昭和57年刊)にも「今日ではほとんど見られない」と書かれています。
日本から姿を消した「月見草」は「つきみそう」という名前だけは人々の心に残り、やがて、「待宵草」を「月見草」とよぶようになりました。
「月見草」は、夏の花ですが、温度さえ調整すれば、真冬でも咲きます。開花時刻も季節や気温によりまちまちですが、午後7時ごろから、蕾(つぼみ)がほぐれ始めると、みるみるうち和紙のような純白の4枚の花びらが、ぴんと広がります。
そして、3~4時間たつと(これも季節や気温に関係しますが)次第に淡いピンクの花びらとなり、朝には濃いピンクになり、しぼんでしまいます。
今年、タネを蒔いて、来年、開花するはずの「2年草」ですが、春に蒔くと秋に咲いてしまう、「1年草」でもあります。
私たち「日本月見草を愛する会」は、「月よりの使者」のような、この花を絶滅から守るために、約50年ほど前から、細々と保存活動をしてきましたが、仲間の高齢化もあり、将来が心配されています。
是非、関心のある方のご援助を、いただきたいと思います。
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